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九州豪雨へのお見舞いと、対馬の「おいざとなー」

九州北部の豪雨が発生から1週間が経ちました。
福岡県と大分県で本当に多くの被害が出ています。
亡くなられた方々に心から哀悼の意を表しますとともに、避難されていらっしゃる多くの方々には心からお見舞いを申し上げます。
依然として行方不明の方は何とかお元気で発見されることに望みを繋ぎたいと思います。

救助や捜索活動などのためにすでに警察・消防・自衛隊の1万2000人以上が現地に動員されてその任に当たっています。
まずは警察や消防などが初期対応に当たりますが、昨年の熊本地震の際のブログの通り、2日3日と経った後は自己完結組織である自衛隊が重要になります。

2016/5/6「【ありがとうございます】自衛隊各位。馬鹿なTwitterもありますが」
http://nakada-old.com/blog/5138

今回も自衛隊は陸上自衛隊・練馬駐屯地(東京都練馬区)などから駆けつけています。
全壊の100戸以上を含めて700戸以上が被害を受けているそうですから、避難生活が長期化する可能性は高いでしょう。
県や市町村の職員の方々もくれぐれも体に気を付けながら踏ん張っていただきたいですし、またボランティアも求められています。

実は私も7月5・6日は長崎県対馬市にいました。

島に駐屯する陸上自衛隊・海上自衛隊の視察と意見交換のための訪問で、日程自体は順調だったものの帰りの飛行機は雨の影響で飛べず、博多までフェリーで帰ることになりました。

豪雨被災地には当然ながら、九州各地から自衛隊員が駆け付けていますが、対馬からは行っていないということでした。
理由は、対馬が「国境離島」だからです。

学校の教科書にあるように、古くは1274と1281年に2度の元寇(蒙古(現在のモンゴル)襲来)がありました。
モンゴル・高麗(同韓国)軍は日本の防人(さきもり)を全滅させて対馬・壱岐(長崎県)を占領し、さらに九州・福岡を目指しましたが、結局台風によって上陸されずに済みました。
また1861年にはロシア帝国軍艦が対馬に半年余り滞留する「ポサドニック号事件」もありました。

このような歴史的な事件を含め国防の観点から、同じ九州とはいえ国境離島の対馬を空けて対馬隊が出ていくことはないとのことです。
避難生活が長期化した場合に例えばお風呂の設置などの任務で隊員が出向くことはあるかもしれないそうですが、片や自然災害の地域があっても、一方で国防の観点から国境の守りは緩められないという事情をあらためて学びました。

今回、対馬に古くから伝わる「おいざとなー」という言葉も知りました。

お 「お」父さん「お」母さんの「お」接頭語
い 居る=寝るの意
ざと 聡い・聡明
なー 何とかで「なー」接尾語

すなわち、
「寝ている時でも聡く居ろよ」
「用心しろよ」
「いつ攻めてくるかわからないぞ」
という意味だそうです。

”自然災害”にも”外からの日本の守り”にも共通する言葉だと感じました。

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