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2010年10月29日と11月12日、中田宏に関する二つの裁判の判決が出ました。両方とも、中田の訴えが認められ、完全勝利という形で終わりました。 前者は、中田が『週刊現代』(講談社)を名誉毀損で訴えた裁判、後者は、『週刊現代』にも登場する中田のフィアンセ≠ニ称する女性から慰謝料を求められて訴えられた裁判でした。

「勝ちはしたけれど、すっきりとした気分にはなれない」
中田は裁判が終わった後、正直な感想を漏らしました。裁判途中から、両裁判とも勝訴は明かでした。『週刊現代』との裁判では、講談社が準備した証人尋問さえ行われませんでした。証人そのものの信憑性が薄いと判断されたのです。余りに杜撰な記事であることを早い時期から裁判所は認めていたのです。後者の裁判では、フィアンセ≠ニ称する女性側は、途中で弁護士が辞任し、本人も出廷しませんでした。これで、負けるはずがありません。後者の裁判については、スラップ(SLAPP, Strategic Lawsuit Against Public Participation、恫喝訴訟)と言ってもいいでしょう。スラップとは、対抗する相手を恫喝、嫌がらせのために、裁判を起こすことです。裁判を起こされれば、騒ぎとなり、それだけで訴えられた側は、時間を奪われ、精神的、金銭的にも莫大な損害を被ります。欧米では、すでにこのスラップが問題化しており、禁じる法律を制定した自治体もあります。では、どうして中田宏は、杜撰な取材による記事を掲載され、スラップを仕掛けられたのでしょうか?

答えは簡単です。
中田宏がいることで不利益を被る人たちがいたからです。中田が行った「改革」は、これまでの横浜市の赤字体質を急速に改善させました。その赤字体制に巣くっていた人たちが、中田の政治生命を絶とうとしました。
それがこの二つの裁判の真相です。
(文責・事務局)


判決関係YouTube集

作られた政治スキャンダルに決着! 1/3

作られた政治スキャンダルに決着! 2/3

作られた政治スキャンダルに決着! 3/3

"フィアンセ"と名乗る女性との"騒動"の無実が決定 1/2

"フィアンセ"と名乗る女性との"騒動"の無実が決定 2/2

11/12判決後、独占インタビュー 1/2

11/12判決後、独占インタビュー 2/2



2002/3/31-
横浜市長選挙に無所属で出馬し、自民・民主・公明・社民相乗り現職候補を破って当選。
<横浜市の財政状況が、大型公共事業や行政の高コスト体質によって逼迫していた中、 徹底した財政再建策に取り組む。公務員の手当削減、水道事業黒字化、外郭団体改革、建設入札制度改革、 補助金削減、保育所の民営化、横浜市立大学の機構改革などなど。 その他にも、売春街撲滅――タブーなき改革を実行>

2006/3/26-
横浜市長選挙に再び出馬、80%以上の得票率で再選される。
<指定管理者制度導入、市営地下鉄黒字化、市営バス黒字化、ネーミングライツ実現、広告事業拡大、 公務員数政令市最少化など、改革を継続して1兆円の借金純減>

2007/11-
「週刊現代」で中田宏のスキャンダル報道を全7回にわたって掲載。

2007/11/22-
「週刊現代」の一連の記事のうち、特に悪質な、三本の記事について、名誉毀損で講談社社長と週刊現代を東京地検に告訴、5500万円の損害賠償請求訴訟を起こす。

2007/12-
フィアンセ≠ニ称する女性が横浜市役所で記者会見、3000万円の慰謝料を請求される。

2009/7/28-
横浜市長の辞職を表明。
健全化した財政を再び悪化させないため、 後任の市長選挙での各党相乗り・オール与党市議会を阻止することが最後の責務≠ナあると中田は考えていた。
そして、衆議院総選挙と同日に横浜市長選挙を行うために早期辞任を発表した。
<そもそも市長当選時から、二期八年で財政再建が公約だった。中田が常々指摘するように、オール与党体制による議会と行政のなれ合い体質が財政悪化の元凶だった。衆議院選挙に横浜市長選挙をぶつけるため (自民党と民主党が手を組めない)、任期半年余り残して辞任した。>


2010/10/29判決(東京地裁)

講談社に550万円の支払いと謝罪広告掲載をを命じた。週刊現代の一連の記事について、「裏付け取材はほとんど行われておらず、ずさん」と全面的に中田の訴えを認めた。その根拠として、一人の市会議員からの情報提供に基づいて記事が作られていることが原因であると指摘している。「提供された情報を取り扱うに当たってはその信用性の判断に慎重を期するべきだったといえる」中田元市長の政敵ともいえる相手の情報を、『週刊現代』側が鵜呑みにして記事にしたことが問題であったと言及している。


2010/11/12判決(横浜地裁)

フィアンセ≠ニ称する女性について、「被告(中田)と性的関係を持ったという原告の主張は、具体性に乏しいうえ十分な客観的裏付けがなく、他の客観的事実や証拠と整合しないものといわざるを得ない」として、愛人関係があったという前提事実そのものを否定。被告に対する慰謝料の請求を認めなかった。



 皆さんこんにちは。まずは皆さんに心から感謝を申し上げたいと思います。 ここ数年、皆さんには肩身の狭い思いをさせてしまいました。 「あなたが応援している中田さんはとんでもない人ではないか」と言われたことでしょう。 「そんな人ではない」と言い返して頂いたとしても、先方は納得されなかったかもしれません。 メディアの力は恐いものです。『週刊現代』の記事を読んだ人はもちろん、 読まずに電車の中吊り広告や新聞広告を読んだ人は、私のことを疑ったことでしょう。  今でも恐らく「火のないところに煙は立たない」と思われている方は多いかもしれません。 「ここまでひどくないにしても、有名な週刊誌が取り上げるぐらいだから、全部嘘ではないだろう」 と見られていることでしょう。 この話が週刊誌に掲載されて、議会でもそれに関する質問が次々とされて、 横浜市政もその話題で持ちきりになりました。私のことを犯罪者のように見て、 冷ややかな対応をする人もいました。 しかし、全く事実ではないのです。あの中に事実は一切ありませんでした。

 『週刊現代』は二ヶ月に渡って私の「疑惑」を書きました。その全てを訴えたかったのですが、 全部訴えているとキリがありません。そこで、特に悪質だった三つを訴えることにしました。

@看護学生と称する女性への強制わいせつ疑惑
A横浜市の公金横領疑惑
B市長公務の放棄疑惑

 @については、そんな女性がいるならば、目の前に連れてきてもらいたい、事実があるなら、 その日にちも特定してくれと言い続けてきました。 それは無理でしょう。 そもそもそんな女性は存在しないのです。 この記事には写真が添付されています。ところが良くみると、写真の下には 〈この写真は本文とは関係ありません〉と書かれている。何も証拠がなく記事が作られているのです。 衆議院議員、横浜市長時代を通じて、私の全ての日程は残っています。 それを調べれば、その日に何をやっていたのかがはっきりします。

 Aの公金横領というのは、横浜市発注の仕事を受注した事業者が私に資金還流しているという話でした。 記事には図がついており、ある場所から別の場所に何千万円が流れたという図式がついています。 それを見ているとなんとなく本物らしく見えます。 ところが、こちらも全くのねつ造です。 そのお金というのはどこに存在するのか。どのお金なのか、どういう形なのか、 きちんとした形で証明してくれと反論しました。 こちらも証明できるはずがありません。そもそも、そんなお金はなかったのですから。

 Bの公務放棄疑惑、これは横浜市とサンディエゴ市の姉妹都市提携五十周年の式典で 私が向こうに行くことになっていました。ところが、この時期にサンディエゴの山火事が発生し、 アメリカ連邦危機管理庁は緊急事態宣言を出していました。準備が進んでいたので、 できれば行きたいと願っていました。ところが、山火事は鎮火せず、出張は取りやめになりました。 これを公務放棄と書かれたのです。 たまたま私は一昨日サンディエゴから帰ってきました。 カリフォルニア大学サンディエゴ校から招待されて話をしてきました。そこでこんなことを言われました。 「中田さん、あの山火事の件で日本で批判されたと聞きました。 でももし来ていたとしたら、アメリカで非常識だと批判されていましたよ」 サンディエゴ出張がなくなったことで、四日ほど全てのスケジュールが空きました。 何年間も私のスケジュールはいつも埋まっていて、休みはありませんでした。 そこで飲みに行ったことは事実です。その相手がたまたま有名人だった。 それを面白おかしく書かれてしまったのです。




 横浜市長になるまで、私は裁判で訴えたことも訴えられたこともありませんでした。 横浜市長になると、あっという間に十件ほど訴えられました。 皆さんからすれば信じられないことで訴えられたことがあります。 私が横浜市長になったとき、横浜市職員の交通費、定期券は一か月ごとに支給されていました。  こんなばかばかしいことはないと感じました。当然のことながら、 横浜市職員の異動は年に1回しかありません。定期というのは長期で買ったほうが安くなります。 普通の民間企業は半年分まとめて出していることでしょう。 私は半年分をまとめて出すように変えました。 すると、市職員から訴えられたのです。 一か月分だろうか、半年分だろうが、職員にとって変わらないことだろうとみなさんは思われますよね。 毎月定期を買うのは不便ですから、彼らも当然半年単位で買っているはずなんです。 しかし、そこで生じた差額を懐に入れている職員もいた。それがなくなったので、 「横浜市は月に一度、交通費を出すことに責任がある」と訴えたのです。 こうした馬鹿げたことでも訴えられるわけですから、 あっという間に十数件の裁判を抱えることになってしまいました。

 訴えられることはあっても、私自身が訴えることは夢にも思いませんでした。 しかし、この『週刊現代』の記事はあまりに悪質でした。そこで名誉毀損で訴えることにしました。 弁護士の先生に、「これは悪魔の立証なんです」と言われました。何かやっていれば証拠を出せばいい。 ところが私の場合は、やっていないということを証明しなければならない。 これを「悪魔の証明」と呼ぶのだそうです。 平成十九年に書かれた記事が、ようやく平成二十二年の今日、丸三年間かかって、 事実無根であることが認められました。 判決文には、「週刊現代の記事は信じるに値しない」と書かれてします。裁判の過程で、 講談社側が準備した、証人尋問さえ行われませんでした。 判決文にはさらに「そもそもこの女性が存在することも疑わしい」と書かれています。 弁護士の先生には「裁判所が、ずさんな記事であることを明確に認めた判決です」と言われました。 しかし、率直なところ、勝訴したからといって、気分がすかっと晴れるわけでもありません。 いい経験をしたと思えるほど大人でもありません。

  ただ、こんな風に考えています。 私は政治に失望し、もっと政治家がまともな決定をしなければ日本が取り返しのつかないことになってしまう。 そう思って政治家になりました。父親は政治家でもありませんし、金持ちでもありません。 私は自分の意志で、政治家になりたいと強く思って始めたのです。 横浜市長になって、私は多くの改革を進めました。しばしば反対陣営から「拙速だ」と批判されました。 「拙速」というのは魔法のような言葉で、どんなに議論を尽くしても「拙速だ」と片付けられてしまいます。 そうしている間にも、社会がどんどん悪くなってしまう。  首長の中には、一期目は現状把握に努め、二期から本領発揮する、なんて言う人もします。 ところがある先輩からこんな風に言われました。 「一期四年でできないことは、二期やってもできない」 改革には痛みが伴います。痛みをなるべく短くし、果実を早く得られるようにしないと改革は続きません。 そうした意味で、スピーディーに横浜市の様々な改革を行いました。 その結果として、横浜市営バスは二二年ぶり、地下鉄は二五年ぶりに黒字になりしまた。 公務員の数は20パーセント減らしました。不可解な公務員の手当を見直し、全職員の手取が下がりました。

 タブーと言われる分野についても切り込みました。建設業の談合が出来ないように、 全ての公共事業を一般競争入札にしました。建設業者にとって、私は顔も見たくもない存在ですが、 これまで気前よく使って来た金は市民のみなさんの税金なのです。 できるだけ節約するのは当然のことでしょう。 日教組が支配していた教育現場も、教育委員会の委員を一人づつ入れ替えていく形で見直しを進めてきました。 さらには黄金町、日ノ出町の売春街の問題がありました。平成十年、売春店舗は100店舗でした。 私が市長に就任した平成十四年、それが250店舗になっていました。  どうしてこうなったかというと、京浜急行のガード下から閉め出された店舗が、街中に増殖したからです。 そうした店舗が増えると、住民は引っ越しいきます。そこに店舗が入るので、一気に増えていったのです。  これは何とかしなければならないと市長就任当時から思っていました。 しかし、横浜市は警察権を持っているわけではありません。 当然ですが、そういう世界の背後には何があるか分かっています。  ある日、一通の手紙をもらいました。差出人は小学五年生の女の子でした。  私の住んでいる地区は、学校に行くときに、朝からミニスカートの女性が男の人に声を掛けている。 町がどんどん汚くなっています。なんとかして欲しいですと書かれていました。  私は、この手紙を読んで観念しました。駄目だ。目をそらしてはいけない。 やっぱり踏み込まなければいけないと観念したのです。  神奈川県警、そして警察庁本部に行き、警察庁長官にも直接要望しました。 どうして違法行為を見逃しているのだ、と。  撲滅運動のため、この地区で空き家が出た場合、横浜市で買い取る方針を出しました。 そして風俗店舗は撲滅されました。  こうしたタブーに挑戦したからこそ、私が狙われたことは理解しています。 昔だったら、殺されているかもしれません。命が取られないだけましと思うようにしています。 この記事が出てから、私が言い続けてきたのは、「事実無根」の一言です。 そして、「最後まで見ていてください」ということでした。 訴訟に詳しい人から、今日の結果について「中田さん完勝ですね」と言われました。 ただ、勝ったとしても一体これは何のためだったのかという気持ちはあります。

   改めて、皆さんに心配をおかけしたことをお詫びし、最後まで信じてくださったことを心から感謝します。 本当にありがとうこざいました。

※掲載用に、事務局で多少、原稿に手を入れています。完全版は、▲上記のYouTubeでご覧ください。