SSL GMOグローバルサインのサイトシール
公式サイトの確認方法
 
 
 
 
 
 
 


中田 宏が登場した、雑誌・テレビ・ラジオなどのメディアをレポートします。

下記の内容は、各出版社・メディア会社様より許可を受け、記事情報等を転載しております。
掲載されている文字情報・写真などコンテンツの無断転載はご遠慮下さい。



たゆまぬ行動で世界は変わる。[前編]

『ジャパニスト』第8号(2011年1月発行)掲載記事
対談:野口 健 × 中田 宏

生死感の欠落した日本

中田

野口さんは世界中を歩いてきたと思いますが、一年のうちどのくらい海外に行っているのですか。

野口

一年の半分くらいです。ヒマラヤに二回登って四ヶ月程度。それから戦没者の遺骨収集のためにフィリピンに行ったりしています。今年は環境問題の活動のためアフリカにも行っていました。

中田

マルチな活動をしている野口さんですが、元々はアルピニストでいらっしゃいますよね。

野口

はい。その通りなのですが、活動の範囲が広がると自分の肩書きがよくわからなくなります(笑)。もともと冒険が好きで登山をするようになりました。するとエベレストがあまりにゴミで汚れている。しかも日本隊の遺棄が多いことに衝撃を受けました。清掃登山はこのような経緯から始まったものです。さらに現在取り組んでいる戦没者の遺骨収集活動もその延長線上にあり、私の感覚としてはすべての活動は一本の流れでつながっているものです。

中田

なるほど。それにしても、エベレストでは日本隊がもっとも環境を汚していたというのはとても残念ですね。

野口

日本人として非常に悔しいことです。ですから、「汚したのは日本人だが、きれいにしたのも日本人だ」と言われたいと思っています。しかし、山で日本人の良さも垣間見えますよ。

中田

それはどういったことですか。

野口

ヒマラヤで見た日本隊の強さはチームワークです。十人のパーティでも頂上まで行けるのは多くて三人程度ですから、アタックの場面では体力やコンディションを踏まえてメンバーを選抜します。その時、どうしても「自分が…」という気持ちになるものですが、漏れたメンバーは自分を抑えてサポートに回ることができるのです。これは日本人の良い部分ですよ。「みんなで成功させよう」という気持ちになれるのでしょう。

中田

そのような事実は、海外に多く出ている野口さんだから気づけることですよね。では、今の日本人について、率直にどう感じていますか。

野口

遺骨収集の活動を通して特に感じているのですが、今の日本には、「生死のリアリティ」が欠落していると思いますよ。死ぬということや生きるということを実感として得られなくなっていると思います。

中田

豊かな現代社会で生死を実感することは、まずない。

野口

エベレストのような環境では、死はすぐそこにあります。これまでに何度も仲間の死に立ち会いましたし、自分自身の命が危なかったこともあります。ただ、私の場合は自分で希望してその場所に臨んでいるわけです。 つまり自己責任です。しかし、戦争の場合はそうではありません。赤紙一枚で戦地に送られて亡くなった人がいます。しかも彼らの遺骨は収集も埋葬もされずにそのままの状態なのです。それはおかしいでしょう。これが遺骨収集の活動を始めた経緯です。彼らにしっかりと目を向けることは、死ぬということや生きるということを知る手がかりになります。

中田

戦争で亡くなった人を国が大切に扱うのは、当然のことです。

野口

そうです。国のために殉じた人々に敬意をはらうのは、右も左も関係ないことなのです。しかし、日本はそれをきちんとやっていない。アメリカでは四〇〇名からなる遺骨収集専門のチームがあり、これまでの戦争で亡くなった兵士の遺骨を徹底的に収集しています。

中田

それは意外ですね。遺骨や遺品への執着は日本人の方がよほど強いと思っていましたが、戦没者のこととなると逆転してしまうのですか。

野口

不思議なことです。本来、日本人ほど遺物を大切に扱う国民はいません。以前、タイ航空がネパールの山岳地帯に墜落したことがあります。そのとき上空から現場を視察したのは日本の大使だけでした。とても危険な場所なのですが、そのリスクを承知して慰霊に訪れたのです。

中田

現場の遺体や遺留品にこだわる国民性ということですね。本当は日本人がもっとも大切にする価値観です。事件や事故ならばそうであるにもかかわらず、戦没者には同じようにならないのですね。

野口

戦没者に対しては実に冷たいのです。国のために命を懸けた人たちなのですから、まして丁重に扱っていいはずなのですが…。

中田

たしかに旧厚生相時代から国の対応は鈍かったけれど、それだけでしょうか。

野口

戦没者について語ることを避けてきたからだと思います。ですから、それがどんなに大事なことであろうと意識すらされないのです。私は学校講演の際、環境のテーマから少しだけ逸れて遺骨収集のことを話します。すると講演後に校長先生から「あの戦争の話は余計でした」などと言われることがあります。

中田

そんなこと言われるのですか。

野口

言われますよ。なぜですか、と理由を尋ねると、「戦争の話はいろいろな主張がある。意見が食い違うことは持ち出したくない」と返されます。

中田

しかし、それが社会であり教育ですよね。自分の意見を述べ他の人の意見を聞いて、議論を重ねて最終的にいずれかの選択をするというのが社会の基本であり、その体験を積むのが教育の現場だと思います。

野口

意見の相違や議論を避けているのが、現在の日本の教育です。ですから、私自身も戦争というテーマの伝えにくさを感じています。環境問題に比べ、戦争や戦没者というのは「触れずにいよう」という雰囲気ですから。身近に生死の現場がない現代で、教育界でも正面から取り上げようとしない。これでは「生死のリアリティ」や「命の重さ」といった概念は醸成されにくいと思います。

中田

こうした事実があるということを、まずは知らせなければならないのに。

野口

遺骨が残されているという現実はあまりに認知されていません。メディアも報じませんし、国会議員ですら知らなかったという人が多いです。これではいけない。今こそ社会全体で正面から向きあわなければならない時期に来ていると思います。

中田

そこで遺骨収集の活動をされ、問題を広く伝えていくるというのは大変意義深いと思います。遺骨収集の現場はどのような場所ですか。

野口

フィリピンでは集団自決で最期を迎えたというケースが多いのですが、その現場に足を踏み入れると大抵は海が見えて、しかも日本の方向が望めるところなのです。つまり、死に場所としてそういう所を選んでいるのです。

中田

望郷ですね。胸がつまります。

野口

彼らはどのような気持ちだったのだろう…と思いますよ。フィリピンにしろ沖縄にしろ、現地に行く前に情報を集めて知識としては理解して行きますが、やはり現場の空気は生々しくて説得力があります。死ぬということがどういうことなのか、理屈抜きで感じられる場所です。

中田

それは大人はもとより、子どもたちにも感じさせ、共に考えるべきテーマです。

野口

そう思います。私は特攻隊の出撃基地があった鹿児島の知覧も毎年訪れています。そこには二十歳にも満たない特攻隊員の遺書が残されていますが、それはすごい文章ですよ。

中田

今の三十歳でも書けないような立派な内容の遺書を、十代の青年が書いていますよね。

野口

彼らは自分の死の意義を、最終的には母親をはじめとする家族に見いだします。若くして死と向き合い、「親を守るために」という覚悟で知覧を飛び立った。そのようにして命をなくした人がいるという事実を知らなければなりません。そして、彼らはどういう気持ちだったのか、命を失うということがどういうことなのか、想像してみることがとても重要です。

中田

命の重さを知る、生死の実感を得るために、まずは「死」を直視するということですね。

野口

「死ぬ」ということがどういうことか感じられれば、おのずと「生きる」ということがつかめてくるように思います。

教育が担う役割

中田

現代社会では、どうしても生死が日常から遠のいてしまいます。昔は死を迎えるのは家の中でしたし、出産も家で行われていました。それだけ身近に生死があったわけですが、今その現場を取り戻すということは難しいでしょう。であれば、この極めて大切なことをこれからの世代にどのように伝えればよいと思いますか。

野口

死を知る、そして生を感じるというのは、実はそれほど大がかりなことではないと思います。結局、子どものころの経験や教育にあるのではないでしょうか。その積み重ねが生きる力を育むと思います。

中田

なるほど。それはぜひとも詳しくお聞きしたいですね。

野口

私は環境学校を主宰していますが、以前こういうことがありました。シーカヤックの講習で、転覆したときに脱出する訓練をしていました。シーカヤックというものはひっくり返ると自動的に元に戻らないので、カヤックと体を切り離し、自力で海面に出なければなりません。陸上で説明し実際に操作させます。陸では、皆きちんと教えたとおりにできるのです。そしていざ水の上で練習させると、ちゃんと海面に出る子どもは半分くらいです。

中田

ということは、残りの子どもたちはどうなのですか。

野口

驚くことに、何もしないのです。パドルという漕ぐ道具を握りしめたまま、目を閉じてじっとしているのです。

中田

しかし、そこから自力で脱出する練習のはずですよね。

野口

そうなのですが、彼らはパニックになってしまうのです。思考停止状態と言いますか、何もできなくなってしまう。水の中ですから、そのままでは死んでしまいますよ。それなのに自分で助かろうとしない。子どもだけではなく、大学生でも似たようなことがありますよ。

中田

なぜそのようなことになってしまうのでしょうか。

野口

ピンチの時にとっさに動けるか動けないかは、幼い頃からの自然体験の差だと思います。たとえば子どもの頃に木に登って降りられなくなって、でも必死になって手に汗をかきながら降りたような経験をしているかどうか。その時は子どもながらに、「落ちたら死ぬかもしれない。怖い。死にたくない」と思っているのです。

中田

子どもの頃の小さな体験が生きる力につながるのですね。

野口

そう思います。そのような小さな恐怖感とそれを克服した体験が、危険が迫ったときの対応に表れるのではないでしょうか。死への恐怖は本能的に生へのエネルギーに変わるものです。

中田

私は毎年、子どもたちを連れて真夏にお遍路に行きます。「生死」というところとは遠いですが、それでも徒歩で山に入っていくし携帯電話は使えない、コンビニも自動販売機もない、他の人にも会わない。そのような環境に親子で入っていくと、それこそいろいろな小さな体験が待っています。その積み重ねが重要だと思っています。学校教育ではそこまでの体験はさせられないと思い、私の場合は家庭で始めて八年になります。

野口

それは素晴らしい体験になっているでしょうね。子ども教育の基本は、本来学校ではなく家でやることだと思います。まずは親子で一緒になにかをする。大がかりなことでなくても良いのです。親子で旅行に出かけるですとか、キャンプやアウトドアを体験するといったことでもいい。まずは親子関係をしっかり築き、子どもにいろいろことを経験させるのです。

中田

現代社会は親と子の関係が離れがちになってしまうのでしょうね。

野口

私は父が外務省の職員で、日本にいた頃は朝に出勤して夜に帰ってくるという姿しか見ていませんでした。しかし、外交官として海外に赴任すると、父の仕事の一端を見ることができました。それは子ども心に嬉しかったですよ。家にお客さんを招いたりしますから、父がどういう仕事をしているのか、社会でどういう責任を背負っているのか感じることができました。社会での自分の立ち位置を示すということも、親のなすべきことの一つだと思います。

中田

まずは親子の信頼関係を築き、その上で教育を施していくことが必要でしょう。野口さんは子どもと接し、教育の現場に携わっておられるので、他にも多くのことを感じているのではないですか。

野口

これまで話してきたように、戦争というテーマに消極的なことも意見の食い違いを恐れるのも、命の重さを感じさせられないのも教育界の大問題です。それらが今の日本に及ぼしている影響ははかり知れません。つい先日、高校で配られるプリントを見る機会がありました。そこには就職活動のポイントが書かれていたのですが愕然としました。「年収がいくらか確認する」「倒産しない会社を選ぶ」「業績が安定しているか」といったことばかりなのです。

中田

夢もなにもありませんね。そんなことばかりを指導していたら子どもは消極的になる一方ですよ。

野口

そのような教育の下では、子どもたちは将来どういう仕事をしたいのか、そのために自分がこれからどうするべきかという発想はできません。高校生のうちから夢を持たせることをせずに現実的なことばかりを考えさせていたら、彼らはどこで夢を持てるのでしょうか。

中田

今、大学生たちが海外に出なくなっていると言われていますよね。パックツアーには行くけれど留学や働くということをしない。そのようにどんどん内向きになってしまっているのも良くない傾向だと考えています。若い彼らこそ積極的に動いて、その時にしかできない経験をたくさんして欲しいと思います。

野口

たしかに日本の学生と比較すると、他国の学生は実に積極的です。そもそも四年間で大学を卒業しなければならないという感覚がそれほどありません。学生のうちに世界中を回って、さまざまな体験を積んでいます。ヒマラヤの学校で英語を教えている学生もたくさんいますよ。ここ数年、そういった日本の学生にはなかなか出会わなくなりました。私は、学生というのは勉強をしながら社会勉強をする期間だと思います。社会に出る前に、社会を学んでほしい。

中田

今の学生は、社会との接点が稀薄ですよね。持とうとしないと言いますか、社会と自分との関わりを理解していないと思います。たとえば、日本が財政破綻したらどうするのか、という議論を学生とすると、「自分は海外に住みます」という答えが返ってきます。国が破綻したら日本のパスポートの信用などなくなるという根本的な原理をわかっていないように思います。

野口

教育の問題は多くの難しさがありますが、それでも「伝える」ということをあきらめてはいけない。戦争のことも環境のことも、きちんと伝えようと努力するとたしかに伝わり、社会は変わっていくものです。遺骨収集にしても、そのテーマを避けてきた世代より、事実を知らない若い世代の方がリアクションは大きいですよ。

中田

なるほど。事実を知らない世代にはその情報がストレートに届くということでしょうか。

野口

そうかもしれません。実際、遺骨収集に協力してくれるのは若い人たちが多いです。「そんなこと知らなかった」という声があがり、活動資金をいただくこともあります。声を出し続けていると、響く人にはきちんと響くのです。社会はけっして冷たくはありません。ですから、伝えるということをあきらめてはいけないと思います。