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中田 宏が登場した、雑誌・テレビ・ラジオなどのメディアをレポートします。

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能力だけではなく、人間性も評価すべき。 前編

『ジャパニスト』第4号(2010年1月発行)掲載記事
対談:日本を美しくする会相談役 鍵山秀三郎 × 中田 宏


大きな努力で小さな成果を

中田 私が鍵山さんに初めてお会いしたのは松下政経塾に入塾した平成元年でした。私を含む新入塾生に掃除の指導をしていただいたわけですが、その後、私は鍵山さんが全国に掃除実地指導や講演などで出かけられる時に随行させてもらいました。
鍵山 それまでに掃除の活動は三十年くらい続けていましたが、講演を始めたのはその頃でした。ある時期、急に「掃除のことを話してほしい」と講演の依頼が増えたのです。
中田 そもそも鍵山さんは、どうして掃除を始めようと思ったのですか。
鍵山 今はそうではありませんが、かつてカー用品業界の店頭は汚いのは当たり前で、そこで働く人たちのふるまいも粗暴でした。雪が降り始めたらタイヤチェーンの値段は十倍、膝まで積もったら二十倍という風に、儲けることしか頭にないような悪しき習慣が業界全体を覆っていました。そういう中にあって、人間は傲慢になっては人を幸せにすることはできない、まず自分が下の位置に降りることが大切だ、と父から懇々と言われていたのを思い出したことがきっかけでした。そのためにはどうしたらいいか、と考えた末、たどり着いた答えが掃除だったのです。自分の会社を良くしたいと思ったら、まず社長の自分が変わらなければなりません。
中田 当時、社員たちから反発はなかったのですか。
鍵山 当然ありました。なんでうちの会社だけそんなことをするのか、と。それに私自身、最初から熱中したわけではありません。まず自分が下座するという意識で始めたので、掃除をすることの本質に気づいていたわけではないのです。それでも続けていると、物事は変わるものですね。人から「掃除の仕方を教えてほしい」と言われるようになって、掃除そのものにも意味があるのかなと思うようになってきたのです。ですから、私は掃除をすることの本質を人から教えられたと思っています。
中田 鍵山さんがやられている、徹底的にきれいにするという掃除の仕方はどのように社内で定着するようになったのですか。最初は何人くらいの社員が参加しましたか。
鍵山 最初は私だけです。先ほども言いましたように、「どうしてうちだけきれいにしなければならないのか」という意見が圧倒的でしたから。それなら、自分一人でもやるよ、と。それから十年くらいはほとんど一人だけで掃除をしていましたね。
中田 ひと口に十年と言っても、一人で十年は気が遠くなりますね。
鍵山 はい。十年が過ぎた頃、手伝ってくれる人がぽつりぽつりと現れてきたのです。私がゴミを集めているとちり取りを持ってきてくれたり、ゴミ箱を用意してくれたり…。さらに十年が過ぎた頃、社員の八割くらいが参加するようになってきました。そして、また十年が過ぎる頃になって、外部の人たちから「教えてほしい」と言われるようになってきたのです。たかが掃除ひとつをとってみても、そうなるまでに約三十年の歳月を費やしています。まさに「十年偉大なり、二十年畏るべし、三十年にして歴史なる」の箴言通りでした。
中田 人から訊かれる存在になると、その気になるでしょうね。
鍵山 そうですね、自分たちがやっていることはこんなに意義があるのか、と気づき始めた社員がたくさんいましたね。私もそうです。そして、平成五年、有志の方々が三十五人集まり、「日本を美しくする会」が発足したのです。
中田 その頃から鍵山さんがやられている掃除の意義が理解されるようになり、全国に広がっていったのですか。
鍵山 そうですね、自分たちの地域でも始めてみようという方が全国のあちこちに現れ、私も講演の機会をいただくようになりました。
中田 そこまで至るのに三十年ですか。やはり物事を変えるには多くの時間と固い信念が必要なのですね。でも、誰かがそれをしなければいけない。そういう志がやがて認められるようになるということに希望を見いだせます。私も自分なりに今できることを精一杯やっているつもりなのですが、時々、ふと虚しくなることがありますから(笑)。
鍵山 それは私も同じです。今までに数え切れないほど虚しい思いをしました。それこそ揚子江の中で一人手を広げて流れに逆らっているような気分になったことも数知れずあります。でも、やらないよりはいい。
中田 物事が成就するためにはある程度の時間が要る。しかし、本質的にいい行いは必ず多くの人に認められる。鍵山さんのなさってきたことは多くの人たちに勇気を与えると同時に、私にとってもものすごく励みになります。
鍵山 はじめはボールペンで空間に点を打つようなものです。まったく脈絡がないし、人からは何も見えない。しかし、自分に見えていればいいのです。やがて脈絡らしきものが生まれてきます。するとはじめは点であったものがいくつもの点と結びついて線になります。「日本を美しくする会」が生まれた経緯がまさにそういう流れでしたね。
 十年前に、愛知県の高野修滋先生が、先生方の研修の場として、「便教会」を立ち上げました。
中田 掃除をすると、どう変わりますか。
鍵山 掃除をしたところがきれいになるのは当然ですが、それと同時に自分の心が美しくなります。掃除という行いは自分を磨く行いでもあるのです。心がきれいになれば、人の行いは自ずと正されてきます。そうなれば、人からの信頼は増し、結果的に業績にも反映します。
中田 掃除をすれば会社の業績も上がる。
鍵山 そうです。実際にそういう結果が出ます。私の会社でも見事に結果が現れました。やはり何でも「やり続ける」ということが大切なのです。教育の神様と言われた森信三先生が「やらない人にわからせることはできない。やらないうちにわかったと言う人はわかっていない」と言っておりましたが、それくらい実行し続けるということは大切なことです。
中田 みんながその気になれば、会社も社会もすぐに変わるはずです。ところが、現実は、それならばまず自分から行動しようというよりも、自分一人が行動したところでどうにもならない、と考えてしまうことの方が多いように思います。
鍵山 同じ志をもつ仲間をいかに増やすかということはとても大切なことです。しかし、そこに数値目標を設けるのはまちがっていると思います。自然発生的に共鳴してくれる人が増えることがいちばん理想的な形です。そのためには、確固とした信念をもって、実行し続けるということです。
中田 鍵山さんがやられている掃除の会の周りには、掃除そのものを儲けるための手段として活用しようとして集まってくる人もいませんか。
鍵山 それはいろいろありました。でも、何もしないよりはマシです。
中田 何もしない人ほど文句を言いますからね。
鍵山 ただ、何かをするにしても、結果を得られることを大前提にすることは卑しいと思います。私は常々、「大きな努力で小さな成果」と言っているのですが、世の中その正反対の人があまりにも多いですね。小さな努力で大きな成果を得ようとしている。以前、銀行の偉い人に私がその持論を述べたら、「言い間違いではないですか」と怪訝な表情で訊き返されました。小さな努力で大きな成果を望むことが当然だと思っている様子なのです。結局、その銀行は消滅してしまいました。サブプライムローン問題もそうでしょう。小さな努力で膨大な利益を得ようとしたから行き詰まったのです。そして、世界中の人たちに多大な迷惑をかけました。
中田 そういう発想は、言葉を変えれば「効率化」ということでしょうね。効率よく稼ぐことが社会にとって善だという概念があまりにはびこってしまったと思います。
鍵山 その通りです。効率のいいことがすべて悪いというわけではありませんが、しかし、かけるべき努力を惜しんで結果だけを得ようとしても、成功は一過性のもので、やがて破綻が生じます。労を惜しまず、自分がやるべきことを粛々と続けることが大切なのです。

人の評価基準

中田 ところでモノもお金もなく、皆が必死になって働いていた時代と比べ、今はモノも満ち足りていますが、一方で心が貧しくなってしまったという指摘は至るところでなされています。長年、経済界に身を置かれてきた鍵山さんの目から見て、今の経済界はどう映りますか。
鍵山 最も懸念していることは、「自分さえ良ければ」という考え方があまりにも蔓延してしまったことです。昔は自分の痛みに対しては平然としていることができる人が多かったのですが、今は人の痛みに無頓着な人が増えてしまいました。これが日本、そして世界を悪くしているいちばん大きな要因です。
「あなたさえ良ければ」というのが難しいとしても、せめて「自分もあなたも良ければ」とならなければいけません。今のような精神風土のまま、どんなに制度を変えようが、日銀がたくさんお金を印刷してバラまこうが、そもそも世の中を改善する方向がちがっているわけですから、いい結果は得られないと思います。
中田 少子化が進み、子どものいない夫婦が珍しくない時代ですが、子どもをもって多額の教育費を出したり子育ての苦労を味わうより、二人だけで自由にお金を使う方が楽でいいという考え方もかなりありますね。
鍵山 子育ては大変なことばかりではなく、むしろ人生の醍醐味をたくさん味わえる絶好の機会なのですが、親として責任をもつことの大変さばかりがクローズアップされていると思いますね。これも物質優先主義の表れのひとつです。
中田 そういう現実がある一方、そうは言っても会社は利益をあげなければ生き残れない、個人だって収入がなかったら生活できない、という意見ももっともだと思うのですが、経済合理性と精神性のバランスはどうとったらいいのでしょうか。
鍵山 どんなに素晴らしい理想を唱えていても、会社が潰れてしまったらお終いです。ですので、どの企業も自分たちが生き残るための利益を確保しなければいけないのは言うまでもありません。利益を得ることは生活を守るためにどうしても必要なことです。私も長年、会社経営をしてきましたからその理屈は痛いほどわかります。ただし、ここが重要な点ですが、利益を得るためには何をしてもいいというものではないのです。利益を得るためにもいくつかの方法があります。なりふりかまわず利益を上げようとする方法もあれば、少しは世の中のことを考えながら利益を上げる方法もあります。今は前者に属する方法ばかりが目につきます。「吾れ財を愛す、これをとるに道あり(伊庭貞剛)」という考え方が大切です。
中田 お手本になるような経済人が少ないというのは多くの国民が感じているところです。
鍵山 そういう風潮が定着してしまった今、いっぺんに世の中を変えるのは難しいでしょうね。ですから、それぞれのリーダーがまず率先して変わるべきなのです。まずリーダーが身を低くする。昔から言いますね、「晦にいる者は明を見る。明にいる者は晦を見ず」と。「晦」とは暗いところという意味の言葉です。今、日本の方針を決める人は明にいる人ばかりです。自分は安全なところにいてぬくぬくと生活し、言葉だけは「弱者の味方」と言い繕って、本当に困っている人の生活を知らない。だから人を幸せにする政治も経済も実現できないのです。まずはリーダーが下座に降りることです。
中田 自民党でも民主党でも、総理大臣や党の幹部は二世議員ばかりですね。それ自体を批判したくはありませんが、たしかに裕福な家庭で育ってきた人ばかり。
鍵山 足を踏まれている人たちを見ようとしないからデータにばかり頼っているのです。さまざまなデータを集め、分析し、数値化し、その上で対策をたてる。これでは本当に有効な政策はでてきません。教育も同じですよ。現場の教師から集めたデータを分析して、現場のことがわかっていない教育委員会や文部科学省の偉い人たちが重要な方針を決定している。本来、教育というものは測定できないものの方が圧倒的に多いのに、測定できるものだけで判断しようとしている。だからチグハグな教育方針になってしまうのです。
中田 測定できるもの、できないものの違いは何ですか。
鍵山 測定できるものは人間の能力ですね。学力、体力、知力などです。一方、測定できないものは人間性や人柄です。これらは数値化できるものではありません。今は教育も経済も数値化できるものだけを評価基準にしているのです。データを集めて分析し、数値化したものを判断するだけなら誰でもできます。つまり、人の評価基準が偏っているのです。能力ももちろん、大切でしょう。しかし、もっと大切なものがあるということを社会全体が失念しているのです。
中田 モノが溢れているのに心の豊かさを感じられないというのは、そういうことと関係があるのですね。
鍵山 そうです。今のままで「助け合おう」と言っても無理です。能力偏重の社会では。人間性も大切だということを多くの国民が共有しなければ…。人間性と能力がともに評価される社会でなければ、どんな対策を講じても抜本的な解決にはつながりません。
 例えば、どんなに高性能の車があっても、その性能を制御できるハンドルとブレーキがなければ走る凶器となってしまいます。人間も同じでしょう。今は能力だけはあるという凶器のような人がとても多いような気がします。ですから、まずはそれぞれのリーダーが考え方をシフトし、人格の優れた人を評価するような基準をもつことが大切だと思います。
中田 そういうことに気づいて、実際にアクションを起こしている企業はありますか。
鍵山 数はまだまだ少ないですが、少しずつ増えていることはたしかです。売り上げは下がったけれど、会社の質は上がったという会社が増えてきました。これも以前の評価基準であれば、売り上げが下がった時点でマイナス評価ですが、企業も人と同じで「人格」がありますから、例え数字は下がっても、世の中への貢献度が上がっていれば、やがて評価され、結果がついてくるはずです。
中田 本来、能力と人間性は相反するものなのでしょうか。
鍵山 そんなことはありません。もともと人間性とは自分を守る力ですから。
中田 島根県に益田ドライビングスクールという自動車教習所がありますね。そこは車の運転の仕方を教えて免許をとらせるだけでなく、人間性を高めるということも大事な教習目的にしています。先ほど鍵山さんがおっしゃったように、車はハンドルとブレーキをうまく使えなかったら怖ろしい凶器になる、そういうことをその経営者はわかっていて、そのために運転免許を取るとともに人間性を磨いてもらうということに着目したそうです。益田ドライビングスクールに二週間通っただけで、驚くほど立派になるというらしいですね。
鍵山 そこでは教習所を卒業した人の多くが友人を紹介していますから、教習所の方針が業績に良い影響を与えていると言っていいと思います。私の孫も友人と一緒に受講し、卒業させていただきました。
中田 まさか自分の息子が教習所へ行っただけで、こんなに成長するなんて、と感動する親もたくさんいると聞いています。
鍵山 教え方によってそれほど顕著な効果が現れるという証です。だから、「今の若者は」と無闇に決めつけないことですね。
中田 益田ドライビングスクールの事例は、家庭や学校でいったい何が必要か、を端的に教えてくれていると思います。逆説的に言えば、今、家庭や学校でいかに大切なことを教えていないかがわかります。