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中田 宏が登場した、雑誌・テレビ・ラジオなどのメディアをレポートします。

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茶のこころは平和のこころ 前編

『ジャパニスト』創刊号(2009年4月発行)掲載記事
対談:裏千家大宗匠 千 玄室 × 中田 宏


茶のこころ

中田 お久しぶりでございます、大宗匠。
 ようこそおいでくださいました。
中田 平成元年、私が松下政経塾に入り、翌年の春、京都の今日庵で大宗匠にお茶の稽古をつけていただいた時、初めてお目にかかりました。
 そうですね。三日間、朝早くから箒や雑巾を持って作務をこなしていましたね。とても素晴らしい研修内容だと思います。松下政経塾は今でも茶道を研修内容に取り入れられていますね。
中田 まがりなりにもあの時の稽古でお茶の証書をいただき、自分の中でも何かが変わったような気がしました。今日はそういう自分の体験も踏まえ、こういった激動の時代だからこそ多くの日本人に知っていただきたい茶道の本質について、大宗匠にお訊きしたいと思います。
 どうぞ、何でもお訊きください。
中田 大宗匠は茶の家に生まれてお家元を務められてきましたが、なぜ日本人にとってお茶が必要なのでしょうか。
 茶道というとどうしても偏見がつきまといますね。特に日本の方に多いのですが、あれは一部の階級の人たちのためのものだとか自分たちの生活には必要ないだとか…。やたら難しいハードルがあると思いこんでいて、それを乗り越えるのにものすごく抵抗を感じている人が多いようです。しかし、私はこれまでに五十年近く、海外でお茶の普及に努めてきましたが、外国の方のほうがすんなりとお茶を受け入れてくださることが多いですね。わからないから、ということもあるのでしょうが。もともと茶道というものは礼に始まって礼に終わる、いわゆる人倫道徳の道を教えるものなのです。道徳と言うと、戦後は偏ったとらえられ方になってしまいがちですが、要するに利休の唱えた「和敬清寂」が茶の精神の根本なのです。すなわち人と和し、互いに敬い、清い心と何事にも動じない不動の心を持つということです。
中田 最後の「寂」という字はわれわれが一般的に使っている意味あいと異なりますよね。千 その通りです。「寂しい」という言葉があるように、心が沈んでいるような意味でとらえられがちですが、本来は陰から陽へ向かう心の動き、常に前向きであるための不動の心と言えます。どんな事態に遭遇しても自分の信念を貫くには、必ずそういった心が必要になります。
中田 和敬清寂という茶の根本は日本人に特有のものと思っておりましたが、どうやらそうでもなさそうですね。
 先ほども申し上げましたが、茶道というのは万人に通用するようにとの思いで作り上げられた秩序です。その秩序が一碗の中の緑色に表現されているのです。茶の精神、和敬清寂を世界中の人たちが理解できれば、必ず平和な世の中になりますよ。現代社会を見れば、平和を実現することがいかに難しいかがわかりますが、心を込めて点てた一碗のお茶が人と人との心をつなぐということを私は今までの経験から充分に知っているつもりです。偏った自己主張だけでは決して平和は実現されません。
中田 私は学生時代、空手道をやっておりました。やはり「礼に始まり礼に終わる」が基本です。その頃は、茶道に関心がありませんでした。茶道部は女子生徒ばかりでしたし、男には関係ないと思っていたんです。ところが、松下さんは、真の国際人になるにはまず日本の文化を理解すべきだ、と。そういう信念があったからこそ政経塾の研修に茶道をはじめ、日本の伝統文化を数多く取り入れられたそうです。
 松下幸之助さんは私の父にお茶を習われまして、ずいぶんとのめりこまれたようです。父は松下さんによく言っていたそうです。お茶を点てる時のようなおもてなしの心で製品作りをせなあきません。お茶の心で経営をすれば、粗相はない、と。実際、松下さんの成功の秘訣はお茶の心を修得していたからと言ってもおかしくはありません。お茶の心とはすなわち、人のために気を遣うということです。人間は一方に気を遣うと一方では気が抜けてしまう。それではだめなのです。今、世の中で足らないのは気配りです。政治も経済もそう。だから、行き詰まった時こそ、一服のお茶を点てて奨め合ってほしい。
中田 よく、茶道は型にはまっていてつまらない、もっとリラックスして自由に飲めればいいじゃないか、と言う方がいますし、現に私も政経塾で習うまではそう思っていました。ところが、茶の場に出ると、何百年もの間の人間の知恵や思いが凝縮されたものだと感じます。なるほどお茶をおいしく飲むための粋がこういう形になったのか、と。
 その通り。お茶というのは、相手に対して自分の気配りをすべて捧げていくことです。炭で湯を沸かすにしても、熱すぎてもぬるすぎてもだめ。準備の段階から相手のことを考え、すべて自分でやって他人にやらせない。そういうことが凝縮されて型になったのです。茶道に限らず、道とつくものはすべてそう。精神的な深さが型になっています。つまり、型に入って型を出ていく。まず型になっていないと試合をしても勝つことはできません。
中田 学校教育でも、型にはめちゃいかん、子どもたちにはもっと自由に伸び伸びとやらせ、個性を育むべきだという意見が少なくないですが、個性というものは基本ができてこそ、だと思うのですが、いかがですか大宗匠。
 「型」というものは言うなればパターンです。真似さえすれば、誰にでもできること。ただそれだけでは自分のものにはなりませんね。基本を繰り返し繰り返しすることによって、「カタ(型)」に心血を注いでいく。そこで初めて「カタチ(形)」になってくるのです。その人の「チ」が入らない、パターンとしての「カタ」では人の心を動かすことはできません。型に自分を入れることによって、型と自分が一体になるのです。ですから、最初から「型」がなかったら、どうにもなりません。ただ、それだけでもダメ。基礎を一所懸命やり続けることによって、その人の「カタチ」ができてくるのです。ですから、自分のカタチができた人は強いですよ。学校教育もそうですが、政治や経営も同じ。茶道の心得に「一より習い十を知り、十より返るもとのその一」というものがあります。習い尽くして本体を見極めたら、また元へ戻るということです。「守破離」の思想はそこからきていますが、要するに基本を繰り返し学ばなければ自分のカタチ、個性を得ることはできないということですね。
中田 茶道ではしばしば「一体になる」という表現が用いられますね。主と客が一体になる、人と自然が一体になる…。その「一体になる」というのは、どういうことですか。
 利休が『南方録』の中で言っていることに、「叶うは良し、叶いたがるは悪しし」という文があります。自然の状態で叶ったことは良いが、最初から叶うことを求めると失敗するということです。例えば、こうやります(と言って、両の掌を叩いて音を鳴らす)。普通は音が鳴ったことに気をとられますが、鳴る以前はどうであったか、また鳴った後はどうであったかと考えるのが正しいと禅の教えでも言っています。
中田 表面的な物事にとらわれることなく、発生している現象の背景を考えろということでしょうか。原因があって結果がある。その仕組みを理解していれば、おのずと感謝の念も湧いてきますね。
 そういうことです。茶道というものは、お茶を介して人間が歩まねばならない道のりを示しているものです。つまり、茶道はその根底にはあらゆる意味の宗教性があり、高度な哲学や芸術の領域も併せもち、はたまた日常的な食事や衣服、住まい方に至るまで、人間生活の全体を包含していると言って過言ではありません。大切なのは、お互いが今ここにこうして存在している、人間として生活を営んでいるという厳粛な事実の認識です。茶道では亭主と客が一体になることをうるさく言いますが、お互いがお互いの心になり合うということです。そうなれば、争いなど起こらないでしょう。袱紗捌きもそうですよ。あれはただ器物を清めるという意味ではないのです。袱紗で茶の入れものなどを清める時は、その物になりきらねばならないのです。そのことによって、自分自身をも清めることができるのです。
中田 すべてに意味があり、すべてが応用できるわけですね。
 おっしゃる通り。テクニックではなく、全身全霊をもってお茶をすすめる。その瞬間に至る心が大切なのです。そのことの大切さは洋の東西を問わず、あるいは老若男女を問わず、すべての人類に共通する真理です。

変質する日本人

中田 私自身もお茶を習うまでは知らなかったのですが、今の日本人は畳の上の歩き方、正座の仕方など、わからない人が増えていますね。それは日本の良さをみんなでないがしろにしていることと同じじゃないかと思うのですが…。
 そうですね。所作というものには意味があるのです。元々日本は天然資源のない貧しい国でした。狭い島国の中で日本人同士が肩寄せ合って生きてきたことによる知恵がさまざまな所作に現れています。なんでも大事にしてきましたから、畳のへりを踏むなんて無造作なことをすることもありませんでした。一畳一畳が大事で、それぞれ独立しているのです。四畳半の中でも座る位置というものが決まっていました。家の中での部屋の作り方を間取りと言いますが、畳は生活の「間」でもあったのです。
中田 そう言えば、私たち日本人は間合いというものをすごく大事にしていますよね。
 この世は陰陽五行から成り立っています。陰陽は月と太陽、五行は木火土金水です。木はいろいろな植物が芽吹く春、火は熱いから夏、土は土用の意味で要するに季節の間です。春がもうすぐ来るよ、という間ですね。金は葉っぱが金色に輝き始める秋、そして水は冷たいから冬を表しています。つまり、自然の中で生かされているということを大事にしなくてはいけないということです。
中田 和食をおいしく食べるために、箸をきちんと持つということは大切だと思うのですが、きちんと持てない人が増えているのはなぜでしょうか。
 それはまず戦後の学校給食でしょうな。どうして日本人の子が箸で食べるのではなく、先割れスプーンなどというものを使ったのか。日本人をダメにしてしまうアメリカ人の政策か知らないけれど、日本人の精神性を象徴している一つと言える箸をきちんと持つことを学校教育の現場で放棄してしまったことは大きいでしょうね。加えて家庭内でも躾られる人が減ってしまったこと、そういうことが積み重なって日本人の美徳を喪失させてきたと思いますね。
中田 箸の持ち方にもその背景には意味があるのでしょうね。
 もちろんです。日本は八百万の神の国です。自分たちに食べ物を恵んでくれる自然に対する感謝の気持ちがそうなったのでしょうね。ですから、削りたての白木のままの箸を神様にお供えしました。まずは神様から、という謙虚な思いからです。その後、神の依代、つまりお下がりをいただき、日々の糧にしていたのです。箸は神様からいただいたものですから、鄭重に扱おうとしたのです。左手で受け、右手に持ち替えるという所作は、自然の神を中心に生きてきた日本人の食に対する謙虚な気持ちが凝縮されたものです。
中田 余計なお世話だと言われても、きちんとした箸の持ち方を教えると、一週間後、ちゃんと持てるようになるんです。実はこのほうが細かい米粒や豆をつまめるんです。
 昔は家庭での食卓がそういう教育の場でしたが、今はそもそも親が持ち方を知らないので子に教えられない。私も握り箸はダメ、迷い箸はダメと教えられたものです。今は親の言うことを聞かない子が増えましたが、それがすべてに現れていますね。きちんと箸を持つということは一粒の米でも疎かにしないという先人たちの知恵だったのですよ。
中田 結局、物を粗末にしているのが現在の日本社会のお粗末さにつながっていますね。
 全部つながっています。何か気に入らないことがあるとすぐにキレたり、人を傷つけたり…。これはすべて人間としての基礎がまったくできていないからです。若い頃に挫折感を味わったことがないから、少しでも壁に当たると絶望してしまい、責任を自分以外のもの、会社や国のせいにしてしまう。なんでも自分は悪くない、悪いのは自分以外の人。残念ながら、今の日本にはそういう人がたくさんいます。自分は悪くないというのは、卑怯者の発想です。誰かを悪者にすることによって、自分の価値を認めるわけですから。
中田 卑怯という言葉ほど屈辱的な言葉はないですよね。ところが今は卑怯な事件ばかり。これほど卑怯な行為が世の中にはびこっているのに、一方で卑怯という言葉が死語と化しつつあるのは、自分たちが卑怯であるということを自覚していないということ。これは末期的症状だと思いませんか。
 われわれが若い時分は、卑怯者と言われたら後へ下がれなかったですね。決定的な殺し文句でした。男としてそれ以上屈辱的なことはありませんから。今は卑怯という言葉に対して鈍感になっているのではありませんか。
中田 その原因を突き詰めていくと、アメリカの政策、戦後の教育などいくつかが複合的に影響していると思いますが、元をただせばわれわれ日本人が日本の文化を否定してしまったことによる悪影響が大きいと思います。道とつくものはすべて封建的だ、枠にはめていて窮屈だ、個性を殺すなどと言って、長い歴史の中で育まれてきた日本独自の文化を偏った目で見てしまいました。この弊害は大きいと思います。
 戦争が終わって家へ帰ってみると、アメリカ軍の将校がたくさん来ていました。これからどうなるのだろう、と不安でしたが、ある日、アメリカ兵にお茶を教えていた父が、「ゲッタウェイ!」と言って行儀の悪い兵士を平気で追い出すのです。誰もが卑屈になっていた時でしたから、それはそれは胸のすく光景でしたよ。と同時に、これだ! と思ったのです。戦争に負けても、お茶だったら我々が教える立場だ。これから日本人を助けるのは伝統文化だ、と。
中田 毅然とした日本人がまだまだいた時代だったんですね。
 そういう私の考えを裏付けるように、アメリカ第六軍司令官だったダイク代将が早稲田大学の講義で語ってくれました。「アメリカに学ばなくても、日本には素晴らしい民主主義がある。茶道である。身分の上下なく一碗の茶を飲む。和敬清寂こそ民主主義の根本である」と。
中田 それがきっかけとなって大宗匠はアメリカでお茶を教えることになり、それがやがて世界中へお茶の行脚をすることにつながっていくわけですね。
 あの当時、われわれ日本人がもっと日本の伝統文化の価値を認めていたら、ここまで日本社会が退廃することはなかったでしょうね。殺伐とした世相にならなかったと思いますし、残忍な事件もなかったと思いますよ。日本の伝統文化の中には人同志が和し合う知恵が凝縮されているのですから。
中田 今からでも手遅れではないでしょうから、まず日本人自らが日本の伝統文化の素晴らしさに気づくことでしょうね。
 おっしゃる通りです。そのために、あなたのようなお若い政治家が果たす役割は大きいと思いますよ。
中田 はい。