中田 宏が日々感じていることやこの日本をどのようにしたいかなどを、さまざまな切り口で書き綴る、ボリューム満載の公式ブログです。


いつからでも何事にもチャレンジできる ~ 少年野球で会った84歳に学ぶ ~(2014年07月14日)

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昨日の日曜日、少年野球を観に行きました。小中学生の時、野球少年だった私ですから、もちろん野球観戦は大好きです。プロ野球や高校野球ならテレビ観戦できますが、少年野球は足を運んでこそです。昨日の午前中はゆっくりできる日程だったので、何年かぶりに少年野球観戦が叶いました。
私のチーム(横浜青葉リトルシニア)のような赤を基調としたユニフォーム姿の子供たちを観ながら、“私もあんな時代があったんだな”と回想しました。

プロ野球なら計算づくの勝負ですが、少年野球はやってみなければわかりません。状況に合わせて各選手が何をやるべきかをわかっているプロ野球に対して、少年野球では、監督が「ピッチャー、ストライクが入らないから、いい球が来るまで手を出すなよ」と、大きな声でわかりやすい指示が出ます。エラーをしても、プロ野球選手ならそれぞれの表情で気持ちを切り替えますが、少年野球の場合は違います。この日も、何度かエラーの場面がありましたが、その直後、“やっちゃった”選手はすぐにベンチの監督を見ているのが微笑ましく見えました。
いつも“もっと野球が上手くなりたい“とばかり考え、夢中になってボールを追いかけている姿を懐かしく、羨ましく思いました。そして、時間は元に戻せないと考え、過ぎ去った時の寂しさを感じました。

ところが、そんな思考を反省させられる人に同じ場所で出会いました。“今、この瞬間から何でもやれる”と思わされたその人の名は、上中別府チエさんといいます。昨日の試合開始前に始球式をやった上中別府さんは昭和5年生まれの84歳。戦争で尋常小学校までしか学べず、勉強したいと一念発起して70歳台で夜間中学に入学、そして79歳から定時制高校で学び、今年春、無事に高校を卒業しました。
誰よりも一生懸命に勉強し、誰にでも明るく声をかける上中別府さんは、野球部に“スカウト“され、これまた熱心にボール拾いをやったといいます。3年生の時には、伝令としてピンチ時のマウンドに走り、「落ち着いて」と言ってピッチャーのお尻を叩いて、見事公式戦出場も果たしました。

始球式前、上中別府さんは母校のユニフォーム姿でキャッチボールをして、しっかりウォーミングアップ。始球式では、大きく両手を振りかぶったワインドアップで投球し、ボールはワンバウンドでキャッチャーのミットに収まりました。
「83歳の女子高生球児」だった上中別府さん。普通に考えれば、83歳で高校生ということも、女子高生で球児ということも驚きです。人は、いつからでも何事にもチャレンジできることを教えられます。少年たちを見て、過ぎ去った時の寂しさを感じていましたが、ちょっと反省しました。


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